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東京高等裁判所 平成3年(行コ)10号 判決

東京都世田谷区下馬五丁目二三番三号

控訴人

宮川輝彦

右訴訟代理人弁護士

藤井眞人

東京都世田谷区谷区若林四丁目二二番一四号

被控訴人

世田谷税務署長 武田信彦

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被控訴人

右代表者法務大臣

佐藤恵

右両名指定代理人

門西栄一

三浦正敏

澤田利成

時田敏彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「(1)原判決を取り消す。(2)被控訴人世田谷税務署長が平成元年三月六日付けでした控訴人の昭和六〇年ないし昭和六二年分の所得税についての各更正及び過少申告加算税の賦課決定がいずれも存在しないことを確認する。(3)被控訴人国は控訴人に対し、金二三五九万六二〇〇円及びこれに対する平成二年五月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。(4)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び(3)項について仮執行の宣言を求め、被控訴人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決及び担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。

二  当事者の双方の主張は、次のとおり補正するほかは、原判決の事実及び理由欄第二事案の概要(原判決二丁表四行目から四丁表五行目まで。)と同一であるから、これを引用する。

原判決三丁裏三・四行目の「申し入れたものであり、」の次に「本人も受領の姿勢を示し、同事務所における交付に何らの支障はなく、」を、同八・九行目の「要請したにもかかわらず、」の次に「和枝の知らない間に、」を、同九・一〇行目の「置かれていたものであって、」の次に「客観的に了知可能な状態に置かれた評価できるためには、控訴人方の玄関内、郵便受け内またはこれに類する独立した控訴人の支配領域内に差し置かれるべきであり、控訴人方前の道路上に置くのはもとより、門扉の下に半ば差し入れたのでは右領域内に置かれたとは到底評価できず、」をそれぞれ加える。

三  証拠

証拠については、当審及び原審記録中の証拠目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、当審における資料を含め本件全資料を検討した結果、原審の判断は相当であると思料する。争点に対する判断は次のとおりである。

1  原審における証人宮川和枝の証言により成立を認める甲第二号証、原審における証人宮川和枝、同熊井俊文の各証言及び弁論の全趣旨によれば、本件通知書の送達の経緯は次のとおりであったと認められる。

(1)  被控訴人世田谷税務署長は、控訴人の昭和六〇年ないし昭和六二年分の所得税について、本件課税処分を行うこととし、昭和六〇年分の所得税について、更正及び過少申告加算税の賦課決定を行う期間制限の満了日である平成元年三月一五日が間近に迫っており、郵便による送達では右期限内に送達ができないおそれがあったので、同月六日、同署の職員が控訴人方に本件通知書を持参して交付する方法で送達することとした。

(2)  そこで、同日午後二時二〇分ころ、同署の上席調査官の松本博と事務官一名が控訴人方に赴き、控訴人の妻和枝にインタホーンで税務署から来た旨を告げた。和枝は、控訴人が税務調査を受けたことを知っていたため、直ちに控訴人の渋谷の事務所に電話したところ、控訴人は来訪した職員に対し事務所へ連絡するなり、出向くよう伝えることを和枝に指示した。和枝は、右の指示を伝えるため玄関を出て、玄関先の段階下の施錠された入口門扉の内側から門扉越しに右松本らと対応した。松本らは控訴人の所得税の更正決定を持参したことを告げ、本件通知書を受け取るように申し入れたが、和枝は事務所にいる控訴人に連絡をするように言い、その電話番号を告げて受領を拒んだ。右松本らは、事後の対応を検討するため、いったん控訴人方前から引きあげた。

(3)  被控訴人世田谷税務署長は、再び控訴人方での交付送達を試みることとして、同日午後四時三〇分ころ、右松本のほか同署所得税部門の統括官である熊井俊文が控訴人方を訪れ、来訪を告げたが、控訴人はやはり不在で、和枝が玄関を出て、右門扉に通じる段階の途中で、前回と同様に門扉越しに右職員らと対応をした。右職員らは、和枝に対し本件通知書を受け取るように再三申し入れたが、和枝から控訴人に連絡したのかを問われ、かつ、本人ではないこと、内容が分からないことを理由に受領を強く拒まれたため、本件通知書(書類が九枚)の在中する角封筒を門扉の下に置く仕種をしながら、受領しないならここに置いていく旨を伝えた。これに対し、和枝は、そこに置いても受け取ったことにはならない旨を告げ、家の中に入ってしまった。そこで、右松本らは、本件通知書在中の右封筒を右門扉から玄関に通じるレンガ敷き通路上に、門扉の下から内側に差し入れて差し置いた。

以上の事実が認められる。

2  前掲甲第二号証、成立に争いがない甲第八号証、前掲宮川和枝の証言及び弁論の全趣旨によれば、和枝は、前記松本らが右のように差し置いたか否かを確認せず放置していたところ、同日夕刻、通りがかりの通行人から、控訴人宛の書類が控訴人方の門の前にあったと指摘され、受け取るように言われ、松本らが本件通知書を差し置いた事実を知ったが、右通行人に松本ら税務署員の処置が不当であることを告げて受領することなく、警察に届けるよう依頼した。その結果、本件通知書は、右通行人により世田谷警察署に遺失物として届け出られ、同署から被控訴人世田谷税務署長に渡されるに至った事実が認められる。

そして、原審における証人宮川和枝の証言及び控訴人本人尋問中には、その後の世田谷税務署との交渉の場で、本件送達についての説明を求めた際に示された送達の報告書やこれに基づく口頭説明の内容と乙第一号証(送達記録書)の記載内容等との間に齟齬があり、乙第一号証はその後に改ざんされたもので、前記認定に沿うその記載は信用できず、ひいては前掲熊井の証言も信用できず、本件通知書に控訴人方前の路上に放置されたものである旨前記認定に反する供述部分がある。

しかしながら、右認定のように本件通知書が遺失物として取り扱われたことがあるとしても、そのことから右松本らが本件通知書を路上に放置したとは直ちに認めがたい。また、路上に放置されたとの右各供述部分も推測を述べる域を出ないものであって、前掲の熊井証言に照らし採用することができない。

3  前記1に認定した事実によれば、世田谷税務署の職員は、本件通知書を交付送達の方法で送達するため、控訴人の住所に赴き、控訴人が不在であるため、同居の妻和枝に本件通知書入りの封筒を呈示し、これが控訴人に対する所得税の更正決定通知書であることを告げて交付しようとしたところ、和枝は、渋谷の事務所にいた控訴人に直接交付するように申し入れて自らの受領を拒否したものである。

控訴人は、和枝が受領を拒否したのは、同人が税務署と交渉したことがなく、本件の税務問題に関与していなかったからであって、右受領の拒否は法一二条五項にいう正当な理由がなく受領を拒んだ場合に当たらないと主張する。しかし、法一二条五項一号の補充送達の方法による書類の交付の相手方としては、書類の受領について相当のわきまえのある者であれば足り、当該文書の内容について特別の知識等を備えている者であることまでは必要とされていないから、右のような理由が本件通知書の受領を拒否する正当な理由に当たらないことは明らかである。

また、控訴人は、本件通知書の送達につき、プライバシーの保護及び送達の確実性の確保のため、まず郵便による送達をすべきである旨、または郵便による送達の方法があるのに敢えて交付送達の方法によろうとしたのを拒否したのであるから和枝の拒否は正当な理由がなかったとはいえない旨主張する。しかし、郵便による送達を交付送達に優先させなければならないとする法律上の根拠はなく、法一二条は右二つの送達方法を認めてその選択を税務署長に任せていると見るべきである。そして、本件通知書の送達に当たって、それが所得税の更正決定通知書であるため郵便による送達を行うとすれば、書留郵便または配達証明郵便によることとなり、かつ右決定を行う期限が迫っていることを勘案して交付送達の方法を取ったのは肯認できるところであるから、郵便による送達の方法があるとの故に受領を拒否するのは、正当な理由がないものといわなければならない。

そうしてみれば、他に特段の事情の認められない和枝の本件通知書の受領拒否は、法一二条五項一、二号に定める要件、すなわち、送達すべき場所において、送達受領者に出会わず、同居の者で書類の受領について相当のわきまえのある者に交付しようとしたところ、その者が正当な理由がなく受領を拒んだ場合に当たるものということができる。

4  次に、本件送達が、法一二条五項二号の送達すべき場所に差し置いたといえるか否かにつき判断する。

前認定によれば、世田谷税務署の職員は、控訴人方玄関に通ずる人口の施錠された門扉の下のレンガ敷き通路上に、門扉の下から本件通知書を差し置いたものである。そして、弁論の全趣旨により、撮影者および控訴人方や右門扉の周辺を写した写真であると認められる甲第一号証の一ないし七によれば、右通路は道路から奥まって一段高く、控訴人方敷地内であることが明らかである。また、前認定に照らすと、税務署の職員は、和枝が門扉越しでしか対応しないため玄関先まで立ち入ることができず、その故に、受領しない態度を示す和枝に対し、右門扉内に差し置く旨を告げて前記のような差置きに及んだのである。このような状況下では、和枝は、右のような差置きが行われるであろうことを十分に認識していたということができる。本件通知書は、客観的に見て控訴人の住所に、控訴人の同居者である妻に了知可能な状態で置かれたものであり、法一二条五項二号の送達すべき場所に差し置かれたと解するのが相当である。

控訴人は、和枝が控訴人方の郵便受けに投函するよう要請していたから、郵便受けや玄関内に類する独立した支配内に差し置くべきであり、右差し置いた場所はこれに当たらず、送達は無効であると主張する。そして、前掲甲第二号証、原審証人宮川和枝の証言によれば、和枝が松本ら職員が差し置くことを告げた際、置いていくぐらいならどうして郵便ポストに入れないのかと反駁したというのである。そして、右甲第一号証の二、六、七によれば、和枝が応対した人口には郵便受けがなく、控訴人方勝手口に郵便受けが設けられ、右郵便受けには「宮川、結城」との表示がなされていた事実が認められるから、和枝が郵便受けのありかを示してそこへの投函を求めたのであれば、送達に当たる職員としては、玄関先に立ち入れない以上、郵便受けに投函する旨を告げてその処置を取るのが、門扉の下に差し入れるより、確実性に勝りり相当であったと一応言うことはできよう。しかし、和枝が郵便受けのありかを示したとまで認めるに足る証拠はないし、前認定の右和枝との応対や差置きの経緯、右入口や郵便受けの状況からすると、右郵便受けに投函すべきであるから右差置きが違法、無効であるとは到底いうことができない。前認定の本件通知書が後に遺失物として取り扱われた事実も、本件送達の効力に何ら影響するものではない。

よって、本件通知書の送達が存在しないことを前提とする控訴人の本訴請求は、いずれも理由がない。

二  以上によれば、控訴人の本訴請求は理由がないからいずれも棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大石忠生 裁判官 渡邉温 裁判官 犬飼眞二)

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